Offret / Sacrificatio 






1987年、日本公開時のチラシ
[スタッフ]
脚本:アンドレイ・タルコフスキー/損影監督:スヴェン・ニクヴィスト/美術:アンナ・アスプ/音楽:J.S.バッハ「マタイ受難曲」BWV244第47曲“神よ、私のこの涙にかけて憐れみください、みてください”/スウェーデン民俗音楽/海童道宗祖の法竹音楽/録音&ミキシング:オーヴェ・スヴェンソン/編集:アンドレイ・タルコフスキー、ミハウ・レシュコフスキー/衣裳:インガー・ペールション/ヘアー&メイク:チェル・グスタフソン、フロランス・フーキエ/助監督:シェルスティン・エーリクスドッテル/スクリプト:アンヌ・フォン・シドー/カメラ:ラーシュ・カールソン、ダン・ミュールマン/装置:ハリー・クラーヴァ/プロデューサー:カティンカ・ファラゴ/製作:アンナ=レーナ・ヴィポム

[キャスト]
アレクサンデルー:エルランド・ヨセフソン、妻アデライデー:スーザン・フリートウッド、郵便夫オットー:アラン・エドヴァル、マリア:グドルン・ギスラドッティル、医師ヴィクトル:スヴェン・ヴォルテル、小間使ジュリア:ヴァレリー・メレッス、娘マルタ:フィリッパ・フランセン、”子供”:トミー・チェルクヴィスト

1986年/スウェ一デン映画協会(スウェ−デン)、アルゴス・フィルム(フランス)製作/カラー/ヴィスタサイズ/149分
1986年 カンヌ国際映画祭審査員特別大賞、国際映画批評家連盟賞、エキュメニック賞、芸術特別貢献賞
配給:フランス映画社/日本公開:1987年

[解説]
1986年のカンヌ映画祭で、胸をうつ美しさと心を深くえぐる感動でかつてない賞讃を浴びて、カンヌ映画祭史上初の4賞(審査貞特別大賞、国際映画批評家賞、エキュメニック賞、そして撮影に対する芸術特別貢献賞)受賞に輝いた『サクリファイス』は、完成後に病床に伏して、86年12月28日夜、肺ガンのため54才でついに世を去った天才映画詩人アンドイ・タルコフスキーの遺作となってしまった。

言葉を話せなかった少年が再び言葉を話せるようになるまでの1日。少年の父である主人公アレクサンデルは生命の樹を植える誕生日に、核戦争勃発の声をテレビで聞き、自らの狂気を賭けて、信じていなかった神と対決し、愛する人々を救うために自らを犠牲にささげるサクリファィス(犠牲、献身)を実行する──。カンヌの上映では、タルコフスキーの自画像、現代のルブリョフ像、核時代への黙示録と絶賛され、授賞式では、ソ連から出国し、病床の父にかわって舞台にあがった息子アンドレイ(愛称はアンドリューシャで、父アンドレイはこの映画を彼に捧げている)が満場の心からの拍手を浴びた。

『ノスタルジア』についてのインタビューでタルコフスキーは語っている。《この分かたれた世界で人が人といかにして理解しあえるのか? 互いにゆずりあうことでしか可能でないでしょう。自らをささげ、犠牲とすることのできない人間には、もはや何もたよるべきものがないのです。(私自身が犠牲をなしうるか?) それは答えにくい事です。私にもできないことでしょうけれども、そうなれるようにしたいと思います。それを実現できずに死を迎えるのは実に悲しい事でしょう》。ドイツのTIPのインタビューでこう語った時、タルコフスキーは次回作としてスウェーデンでの《ハムレット》映画化の企画をあげている。82年に母国ソ連を出て、イタリアで『ノスタルジア』(83)を完成した後、タルコフスキーは夫人ラリーサとともに西欧に残り、《ハムレット》映画化と《ボリス・ゴドノフ》の上演でさらに3年間仕事をしなければならないために、息子アンドレイとラリーサ夫人の母親を西欧に呼びよせようとするが、ソ連当局の許可が降りずに、ついに84年7月ミラノで、事実上の亡命宣言をした事は世界中に伝えられた。

《ハムレット》の構想から発展した『サクリファイス』の脚本をタルコフスキ一がイタリアで書いたのは84年1月から2月にかけてのこと。映画化はスウェーデン、フランスを中心とする数ヵ国の製作参加で、脚本は亡命宣言後も形を変えずに進められ、撮影は85年5月、スウェーデンの南の、バルト海でソ連をのぞむゴトランド島で開始された。配役からスタッフ構成、音楽や衣裳まで、スウェーデン、フランス、イギリス、アイスランド、日本まで加えて、国籍を超えた映画づくりだが、タルコフスキーは言う。“私はロシア人であり、いつまでもロシア人であるだろう。この映画をスウェーデンでスウェーデンの俳優諸君とつくっているが、それでもこれはロシア映画だ”と。

主人公アレクサンデル役には『ノスタルジア』につづいてエルランド・ヨセフソン。撮影のスヴェン・ニクヴィスト、美術のアンナ・アスプ、プロデューサーのカティンカ・フアラゴ女史らとともに、ベルイマン映画の常連で、スウェーデンを代表する映画人たちだ。不思議な郵便夫オットー役にはスウェーデンの名舞台俳優で、映画はバイプレイヤー役が多く、監督作品が2本あり、小説家でもあるアラン・エドヴァル。妻アデライデのスーザン・フリートウッドは英国の名門ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの花形女優で映画出演は『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』など数少ない。医師ヴィクトル役はスウェーデンの舞台俳優で、映画は若手監督の意欲作への出演が多いスヴェン・ヴォルテル。魔女マリアのグドルン・ギスラドッティルはアイスランドの舞台女優で映画は初出演。小間使ジュリアはフランスから『歌う女・歌わない女』のヴァレリー・メレッス。音楽はスウェーデンの民俗音楽と日本の海童道宗祖の法竹(尺八)が夢幻シーンでたくみに使われ、ハンガリー出身のユリア・ハマリが歌うバッハの<マタイ受難曲>の<神よ、私のこの涙にかけて憐れみぐださい>が限りなくやさしく美しい。最初のクレジットのバックの絵はレオナルド・ダ・ヴィンチの<東方の三賢人の礼拝>で、アレクサンデルの書斎にも複製がかざられているが、タルコフスキーの意図による彩色がほどこされていると思われる。夢と現実、あるいは夢から夢ヘ、いく層にも色彩世界を重ねていくタルコフスキーの色彩美は、『ノスタルジア』をへて、『サクリファイス』で他の誰も到達しない頂点に達したと言えるだろう。魂の傑作『サクリファイス』をフランスの<カイエ・デュ・シネマ>誌は86年度のベストワン映画に選び、イギリスのくインターナショナル・フィルム・ガイド>はくザ・フィルム・オブ・ザ・イヤー>に選んでいる。

[ストーリー]
レオナルド・ダ・ヴィンチの<東方の三賢人の礼拝>の絵──幼な児キりストの前にぬかずく博士の上方に、オリーブの<生命の樹>が豊かな緑をしげらせている。

スウェーデンの南、バルト海をのぞむゴトランド島。初夏の日射しをあびながら、誕生日を迎えたアレクサンデルが息子の少年と枯れた松の木を植えている。かっては<リチャード三世>や<白痴>のムイシキン公爵の役で大成功した名優だったが、突然引退して、今は評論家、大学教授として、この静かな島に暮らしている。“昔々、師の命を守って3年の間、若い僧が水をやり続けると、とうとう枯木が甦って花を咲かせた”と奇跡の伝説を“子供”に語るアレクサンデル。そこに郵便夫のオットーが何通めかの祝電をもってやってくる。無神論者というアレクサンデルに、オットーはニ一チェの永劫回帰の話をもちだす。喉の手術をしたばかりの少年は何か言いたくても言葉にならず、“初めに言葉ありき”というのにとアレクサンデルを嘆かせる。

親友の医師ヴィクトルを案内して妻のアデライデがくるが、アレクサンデルは子供と散歩を続け、独白をやめない。力と物質だけで進む文明を恐れ、自分のむなしい言葉を呪う。父をおどかそうとして飛びつく子供に鼻血をださせてしまって昏倒するアレクサンデル。暴力と恐怖の最初のイメージ……。

ヴィクトルのプレゼントのルブリョフのイコン画集にみとれるアレクサンデル。アデライデは舞台の名声をおしげもなく捨てた夫に今でも不満を抱いている。仲裁に入るヴィクトル、だが、彼も近々遠くオーストラリアに去ることをほのめかす。娘マルタも、小間使のジュリアも、魔女と噂される召使のマリアも、夫婦の不仲には慣れている。オットーが自転車で大きな地図を運んでやってくる。17世紀の本物のヨーロッパの地図だ。高価すぎてこのプレゼントは受けとれないと、アレクサンデルは辞退するが、犠牲がなければプレゼントではないとオットー。彼は、郵便夫は仮の姿で、本職は超自然現象の蒐集家だという。急に姿が見えなくなった子供をアレクサンデルが探す間、オットーは不思議な出来事を語り、突然失神して倒れる。悪い天使の翼が触れたのだ……。

テーブルの上のグラスが音をたてはじめる。激しい地鳴りと轟音。戸棚の水差しが落ち、ミルクが床いっぱいにひろがる。

白夜の戸外。アレクサンデルは自分の家とそっくりの小さな家をみつける。神の仕業か? 家へ帰ろうとして通りかかった召使のマリアが、子供が誕生日のプレゼントに作ったのだという。

子供は2階のベッドで深く眠っていた。アレクサンデルの書斎の壁にはダ・ヴィンチの絵。異様な声が流れている。アレクサンデルが1階のサロンに降りていくと、テレビは、核戦争の非常事態が発生してしまったと首相の声を伝えて消える。通信が途絶えた。電話も電気も通じない。パニックに陥る人々。アデライデに、小間使ジュリアの助けでヴィクトルは鎮静剤を打つ。アデライデは、いつも自分の願望とは逆をし、愛してない男と結婚し、自分を守るために何かと戦ってきた、愚かだったと問わず語りに告白する。落ち着きをとりもどしたかに見えるアデライデだが、子供をおこして食事に、というと小間使のジュリアは、坊やはそっとしておいてと目に涙をためて抗議する。ジュリアの心がわかってアデライデは彼女をやさしく抱きしめる。アレクサンデルはヴィクトルの診療カバンにピストルをみつける。子供は苦しんで眠っている。隣室ではヴィクトルを誘って服をぬぐマルタ。アレクサンデルの口をついて、はじめて神への願いが発せられる。私の持てるものすべてを犠牲にささげますから、愛する人々を救ってください、家も、家族も、子供も、言葉も、すベてを捨てますと誓う。力つきはててソファに倒れこみ、夢の中に歩み入るアレクサンデル……。

自分を起こしにくるオットー。彼は、まだ最後の望みは残されている、召使のマリアが救える、彼女の家に行き、彼女を愛せ、と。オットーの自転車でマリアの家を尋ねたアレクサンデルは、マリアの前で母の思い出を話す。病気の母のために庭を耕したことが、かえって自然の美しさを壊すことに終った苦い思い出に、黙って耳を傾けていたマリアの目に涙が光る。アレクサンデルは、マリアの前にぬかづき、ピストルをこめかみにあてて、救って下さいと頼む。抱きあうふたりの身体が空中に浮かんでいく……。

最後の朝。

目ざめたアレクサンデルのまわりには朝の光があふれ、すべては昨日と同様に平静だ。神との契約を守るべく、アレクサンデルは自らを犠牲にささげる儀式をはじめる──。


企画概要上映作品タルコフスキー年譜武満徹インタビュータルコフスキー論関連情報
監督作品:
殺し屋ローラーとバイオリン僕の村は戦場だったアンドレイ・ルブリョフ惑星ソラリスストーカーノスタルジアサクリファイス
関連ドキュメンタリー作品:in 「ノスタルジア」
in 「サクリファイス」


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