2011年9月30日 |     アーカイブ   No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6

Last Issue

⑥『アンダー・コントロール』の見どころ(2)

前回に引き続き、本作の見どころを解説してもらいました。今回はドイツ在住ジャーナリストの熊谷徹さんによる原稿を掲載します。なお、劇場で販売されているパンフレットには、これら以外の寄稿や、映画のより詳しい解説が掲載されています。とくに映画で描かれている原発の各部位(何をしているところなのか?)などについて知りたい方は、ぜひそちらをお買い求めください。こちらのページの更新は今回が最終回です。

ドイツ原子力時代・終末の風景
熊谷 徹

2011年に、ドイツ人たちは歴史的な決定を行なった。彼らは「福島第一原発の事故によって、原子力のリスクがこれまでの予想以上に大きいことがわかった」として、2022年末までに原子力発電所を完全に廃止することを決めたのだ。元々原発擁護派だったメルケル首相は考え方を180度変えて、福島事故の数日後に、1980年以前に運転を始めた7つの原子炉を停止させた。原子炉が供給していた電力は、最終的には風力や水力、太陽光などの再生可能エネルギーで代替する。2050年には電力需要の80%を自然エネルギーでまかなう。先進工業国の中で、福島事故を「対岸の火事」とは考えずに、わずか4ヵ月後にエネルギー政策の 大幅な変更に踏み切ったのは、ドイツだけである。

その意味でフォルカー・ザッテル監督の「ウンター・コントロレ(制御下)」は、タイムリーな作品である。もちろん彼は福島事故が起こる数年前にこの映画を作り始めたわけだが、2011年にドイツ政府が原子炉の完全廃止を決定したために、「ウンター・コントロレ」は、図らずもこの国の原子力時代の終焉を告げる「」の役割を果たすことになった。

このドキュメンタリー映画には、原発反対の旗を掲げて発電所周辺を練り歩くデモ隊 は、現われない。制作者側のナレーションは皆無で、インタビューされている人の大半は、原発で働く人々である。ザッテル監督のカメラワークや編集の仕方も、声高に「原発反対」を叫んでいない。のどかな田園風景の中に屹立する原発の冷却塔、原子炉建屋内での作業、放射線量を 機械でチェックする作業員、中央制御室で緊急事態の訓練を行なう運転員などを淡々と写していく。そのカメラ・アイは詩的ですらある。青空をバックにそびえ立つ巨大な冷却塔が、現代のカテドラル(大聖堂)に見えるショットもある。だがザッテル監督のカメラワークは饒舌でないだけに、視る者の心に重い問いを投げかける。それは、人間と巨大技術の関わり方についての問い掛けだ。

日本と同じくドイツでも、60年代から70年代には多くの人々が高度経済成長を支えるエネルギー源として、原子力に大きな期待を寄せた。ザッテル監督は、原子力への信頼や希望が、ドイツ社会で先細りしていった過程を、 個々の施設のディテールを丁寧に描くことによって、浮き彫りにする。同時に、福島事故によって原発廃止に踏み切ったドイツ政府の決断の背景に、数十年間にわたってドイツ社会に沈殿してきた、原子力技術への不信感があることも、この作品は伝えてくれる。

特に象徴的なのは、カルカー高速増殖炉の廃墟だ。この発電所は90億マルク(約 4950億円)を投じて1985年に建設されながら、住民らの激しい反対運動のために一度も運転されずに放棄された。特に1986年に起きたチェルノブイリ原発事故がドイツ国民に与えた不安は、事業者がカルカー閉鎖に踏み切った大きな理由の一つである。核燃料サイクルの一部になるはずだった施設が、いまは遊園地として使われている光景以上に、この国で「原子力の夢」が潰えたことを示すものはない。

人影の消えた中央制御室、解体される原発。防護服に身を固めた作業員に除染される 金属部品。スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」は、超高性能コンピューターが人間に対して反乱を起こす荒涼とした未来像を描いたが、ザッテル監督が切り取った原発の無数の断面には、キューブリックの名作を想起させるシーンがいくつもあった。

人類は原子力という巨大技術を安全に使い続けることができるのか。全ての危険は人 間によってしっかり制御されて「ウンター・コントロレ」の状態にあるのか。「フクシマ」の当事国である我々にとって、この映画は脱原子力国家ドイツが投げかける重い問題提起でもある。

熊谷 徹
在独ジャーナリスト・筆者ホームページ:http://www.tkumagai.de

クイズ・ギャラリー

前回のクイズギャラリーの答え

いずれも放射性廃棄物が貯蔵されたタンクですが、その放射性物質の濃度の高低によって保管の仕方も変わります。上記は高レベル放射性廃棄物が入ったキャスク(移動用タンク)で、主に核燃料として使われていた廃棄物などが貯められています。下記は低レベル放射性廃棄物がおさめられたドラム缶で、放射性物質をおびた排水などが入っています。

監督:フォルカー・ザッテル 2011年/ドイツ/98分/35mm/カラー/シネマスコープ/ドイツ語/ドルビーデジタル 原題:Unter Kontrolle 後援:ドイツ文化センター 宣伝:Playtime 配給:ダゲレオ出版 イメージフォーラム・フィルム・シリーズ