ベトナムの最北部、中国との国境地域に暮らす少数民族モン族。実在する女性の体験を元に、少女パオと二人の母親を軸に描いた、女たちの物語の秀作が誕生した。
 家父長性が根強く残る一族の中で、子どもを産む事ができなかった女性キア。子どもを産む為に連れてこられ、家の中での居場所を見失い町へ出るシム。ある日、育ての母キアが、真っ白い晴れ着のスカートだけを残して姿を消してしまう。残されたパオは、助けを求めてシムを探す旅に出る。彼女を待ち受けていたのは、あまりに切ない母たちの秘密だった・・・
  撮影は、実際にモン族の人々が暮らす地域で行われた。山岳部の勇壮な自然はもちろん、パオが母を探して向かう観光地サパやバクハの活気ある市場など、ベトナム北部を巡る旅の風景が強く印象に残る。そして、物語を鮮やかに彩るのは、モン族の民族衣装の美しい色使い。伝統的な素材と昔ながらの色彩にこだわり、本作のために手作りされた衣装の数々は素朴でなおかつ現代的な独特の味わいを持っている。
  本作で監督デビューを果たしたゴー・クァン・ハーイは、トラン・アン・ユン監督『青いパパイヤの香り』(1993)『夏至』(2000)などに出演し、その演技力を高く評価されている俳優。「撮影現場で映画を学ぶためにまずは役者になった」と語り、本作ではその経験から培われた確かな演出力を発揮した。また、撮影はオーストラリア映画界で活躍するコーデリア・ベレスフォード。大胆さと繊細さを併せ持つカメラワークで自然と人々をとらえている。
 パオを演じたのはベトナムの人気女優ドー・ティ・ハーイ・イエン。ハーイ監督も出演した『夏至』のほか、ハリウッド映画『愛の落日』(2002)にも抜擢された若手国際派女優。本作では思春期の少女の心の動きを瑞々しく演じきった彼女は、実生活ではハーイ監督の妻でもある。ベトナムのアカデミー賞と言われるゴールデン・カイト賞では、ハーイ・イエンが最優秀主演女優賞を獲得、育ての母キアを演じたベテラン女優グエン・ニュー・クインが最優秀助演女優賞を受賞したほか、最優秀作品賞、最優秀撮影賞にも輝いた。
 また、『モン族の少女 パオの物語』はベトナム映画初の、インディペンデント映画。社会主義国ベトナムでは、国営の映画会社によって映画が作られるのが一般的だが、本作は、ハーイ監督の脚本が政府による審査で高く評価され、政府からの資金と民間のスポンサーを得て制作された。国営の企業や映画会社に属さない監督が、政府の資金を得て映画を作ったのは本作が初。数年のうちに民営化へ移行すると言われるベトナム映画界の未来を担う作品としても国内外で話題を呼び、世界各地で上映されている。