LECTURER

講師紹介

 
村山匡一郎
映像研究者
profile
人はどのような時に映画を撮る衝動を得るのだろうか? ドキュメンタリー映画、アジア映画、フランス映画と広い守備範囲を生かして旺盛な執筆活動を続けるが、新作、旧作を問わずいつも論点の核になるのは、映画有史以来人がどう映画と関わってきた(いる)かである。常に100年のスケールから計って作品を論じる。主な訳書・共著に、ジョルジュ・サドゥール著「世界映画全史」(国書刊行会・全12巻)「日本映画とモダニズム」(リブロポート)「映画理論集成」(フィルムアート社)「フランス映画1943-現代」(合同出版)「映画は世界を記録する ドキュメンタリー再考」(森話社)「ひきずる映画 ポストカタストロフ時代の想像力」(フィルムアート社)など。
message
【想像力と創作意欲と…】 イメージフォーラム映像研究所が教えるのは、個人映画である。その歴史は古く、すでに35年を誇っている。その間、多くの映像作家が育ち、実験映画やアニメーションなどの個人映画だけでなく、ドキュメンタリーや劇映画、あるいはテレビなどの分野で活躍している。イメージフォーラム映像研究所がこれほど多くの映像クリエーターを生んだのは、やる気のある個性的な意思を持った人であれば、誰でも学ぶことができるという単純明快なポリシーに貫かれていることによる。 実際、カメラにさえ初めて触る新入生が1年後には経験者をはるかに上回る映像作品を作ることがこれまでにも数多く見られた。イメージフォーラム映像研究所では、もちろんフィルムやビデオの撮影技術も学ぶことができるが、それ以上に、映像作品を作る上で大切な自由な発想と個性を重んじている。たとえば、和田淳子『桃色ベビーオイル』(1995)の映像と言葉の独特な掛け合い、真利子哲也『極東のマンション』(2004)の衝撃的な自分探しの世界、あるいは和田淳『鼻の日』(2005)のシュールなアニメ世界など、人とは違った自分だけのイメージを映像化した映像作品が卒業制作で数多く作られてきた。 映像作品を作ることは、自分が発想したイメージをいかに映像で実現するかということであり、突き詰めればオリジナリティーの問題である。それは自分のイメージばかりでなく、技術に関してもいえる。たとえば、才木浩美『ディシプリン』(1997)では8ミリフィルムで万華鏡に浮かぶ複数の自分を創り上げ、見る者を驚かした。映像技術はたしかに自分のイメージを具体化するための手段ではあるが、そのための技術的な工夫も映像作家の自由な発想に委ねられている。 イメージフォーラム映像研究所は、自由な想像力と旺盛な創作意欲、それに伴う責任感が具わっていれば、誰でも研究生として歓迎するだろう。

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