LECTURER

講師紹介

 
手塚眞
ヴィジュアリスト
profile
高校から8mmフィルムによる映画作りを始め、数々のコンテストで受賞。以後“ヴィジュアリスト”という唯一無二の肩書きで、長編劇映画、ショート・フィルム、実験映像、テレビ番組、アニメーション、MTV、CGなど映像全般を幅広く手掛けてきた。99年には10年を費やした劇場映画『白痴』を発表し、ヴェネチア国際映画祭をはじめ数々の映画祭に迎え入れられ国際的な評価を得た。その他の劇場映画作品に、東京国際映画祭出品作『ブラックキス』(04)、『星くず兄弟の新たな伝説』(18)、2019年公開予定の『ばるぼら』など。実験的な短編作品も多数手がけており、代表作に『MODEL』(87)『NARAKUE』(97)『実験映画』(99)『MIRAGES』(10)などがある。
message
【「作品」であることの意味】 映像作品を創るというのは過酷な道です。小説や絵画と違って技術装置がいるし、お金もかかる。ひとりの手におえないかもしれないので仲間も必要です。さらに、精神的にも大きなストレスとプレッシャーに苛まれる。対人だけではなく、自然や運といった掴み所のないものも相手にしなければなりません。どんなに熟練したベテランでも、想うようにはいかないものです。そんな努力を惜しまず映像作品を創ろうというのですから、それなりの覚悟をしなければなりません。そもそも作品とはなにか。それは単なる自己表現でも自己満足ではない。客観的で普遍的なものです。商業映画では厳密なスタイルやテクニックが要求されますが、個人作品はより自由度が高く、より表現としての純粋性が発揮されなければなりません。ここで勉強してプロになって仕事を得たいという人にはお勧めできません。ここはプロを育てる専門学校ではありません。講師はみな一流の作家です。しかし、手取り足取り教えてもらえるところでもありません。自ら創ろうという意識がない限り、なにも起こりません。つまり創ることをどれだけ楽しめるか、のめり込めるかということです。寝る時間を惜しまず、食事も忘れ遊びもせず作品作りに専念できる、そんな意志を培ってほしいと想います。それが実現できるなら、少なからず達成感が得られるでしょう。厳しいことをいうようですが、ネット動画や街に映像があふれ、誰もが映像を扱えるようになった今、「作品」であることの意味をともに考えていきたいと思います。

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