イメージフォーラム映像研究所は、アートとしての映像を実践的 に学べ る1年制の作品制作講座です。

コラム

専任講師が語る:映像研究所はこんなところ
「映画だけが目的ではない。新しい人間が目的」 かわなかのぶひろ×萩原朔美×西嶋憲生

馬力のあるエンジンを作る

萩原:映像研究所は、職業としての出口は明示していないわけでしょ。そういう意味では美大と一緒だよね。

西嶋:美大もそういうことを示せという時代になっていますよね。だけど映像研究所は表現者になろうとする人に向けているわけですよ。これは、もうこの研究所ができたときから一貫している。つまり職業教育をして業界に進もうとする場所ではないということは最初から一貫していて、いまもそうだと思うんです。就職先を紹介するということもない。本人が作りたいというモチベーションを持っていて、それを形にしていく、それを一年間を通して実践していくという場所ですよね。

萩原:僕は、イメージフォーラムというところは、もちろん表現者を育てるという場所ではあるんだけど、自分のモチベーションを持って入るというケースと、そうでないケースがあると思うんですよ。つまり、モチベーションがなくても、ここで表現の道が開けるのではないか、今まで体験したことのない自分を発見できるのではないかという場所でもあるのかなと思うんですね。というのは、研究生と話していると「この人本当に作ろうと思っているの?」と思う人がいるじゃない。ところが授業に出ることによって、また我々との人間的な接触によって、モチベーションが芽生えてくるというか発見できる人がいる。そういう場所でもあるのかなと思うんですね。もう一人の自分を発見できるという言い方ができるかもしれない。それが本当の自分かも知れないという・・・。

かわなか:そういうことが重要なんですよ。要するに、一般的には、映画を作るためにはいろいろな技術が必要であると思われているんですね。実は、そんなものはなくても映画は作れる。だけど、では何を核心にして作ればいいのかということになると分からないわけですよ。そういう中で、何の経験もなくイメージフォーラムに入った研究生が、「あっ、これでいいのか」という発見をする。それはなぜかというと、この研究所はメソッドを教えている学校ではないからなんです。技術を掲げて、それを習得すれば映画ができるというふうには教えていないから発見できる。最も重要なのは、表現するためのエンジンであるということなんです。飛行機や車を例にすると、きれいなデザインを教えるところではなくて、馬力のあるエンジンを作ることを教えるところである、ということではないかと思うんです。

萩原:受講案内書に書かれたカリキュラムを見ると、これは表面的にはテクニックのことなんだよね。たとえば「映画編集技術の基礎」という授業がありますよ、というように書いてあるわけ。これはこれでいい。だけど、ここに書かれていない部分が重要なんだね。作るということ、あるいは表現するということを自分の中に立ち上げるということが重要なんだ。


世界でたった一人の人間、たった一つの作品

かわなか:イメージフォーラムは、みんなが天才である、というところに立っている。その天分を、研究生も講師もお互いに刺激しあって発露していくという環境の中で作品を作っていくということなんだ。

西嶋:「みんなが天才である」ということはすごく重要なことで、これはイメージフォーラムの大きな特色だと思うけど、ここでは一人ひとりが作品を作るわけです。シナリオとか何とかの審査があって、選ばれた人が作品を作るということではない。一人ひとりが作家として一人ひとりが作品を作るということがイメージフォーラムの最も大きなポイントなんではないかな。

萩原:「たった一人の自分、たった一つの作品」ということだよね。講師と研究生が、教える教えられるという関係ではなくて、ともに刺激しあって相互に教えあう関係の中で、それが生まれるわけですよ。

かわなか:そう、世界でたった一つの作品・・・。

萩原:世界でたった一つの作品を、世界でたった一人の自分が作るということなんだね。

かわなか:つまり・・・人間はみな天才である。しかし、その天才の中で眠っているモノがある。その眠っているモノをいかに表出するかが問題で、それを磨くところなんですよ。

萩原:うん。表現するということは、自分が生きているということを考える行為ということだよね。

かわなか:人が生きていくための詩を探求するというか、自己啓発する。それが重要なんであって、映画が目的ではないわけです。いい映画なんて世界中にいっぱいある。いいコミュニケーション、いい自己啓発が大事であって、そこから本当の芸術表現が生まれるということを言いたいのね。
 口当たりのいい映画っていっぱいあるわけですよ。同じようなものが多い。そういう映画を目指すならだれが作っても同じなんです。それは魅力のないことだよね。時代の中で何かを唸るというか何か突起を作るというか、そういうことが芸術の上で非常に重要である。にもかかわらず、いまはみんな同じようになろうとしている。政治は悪い法律をみんな通してしまって、全く魅力がない。社会は弱者を切り捨てる。会社は効率ばかりを考える。そういう時代の中で、若い世代は、自分をブログで表現するという狭い世界に閉じこもっている。肉声で話し、肉眼で見るということがあまり行われなくなってきているわけです。そういう時代だからこそ、人間について考えるということが重要なんではないかな。ジョナス・メカスは第一宣言で「大スタジオの官僚映画はもう息もたえだえだ。そのモラルは腐敗し、美学は色あせ、テーマはうすっぺらで、体質は退屈そのものだ。新しい映画だけが目的じゃない。新しい人間、それがゴールなのだ」と言ったけど、いまの時代もそうなんですよ。

萩原:「映画だけが目的じゃない。新しい人間が目的」かあ・・・。

西嶋:だからイメージフォーラムの研究所は、制作も一人ひとりが作る、つまるパーソナルということだし、指導もパーソナルということなんですよね。一対一でやるわけではないけど、人間的に進めているということは言えるんではないかな。

かわなか:人間って、1キログラムで1兆の細胞を持っているわけだよね。僕は60キロだから60兆の細胞から成立しているわけ。人間って、脳だけで物事を考えて生きているのではなくて、その細胞の一つひとつが人間としての種の記憶、自分だけではないさまざまな記憶がインプットされて生きている生き物なんだ。ロボットはそういうわけにはいかない。作った会社にインプットされた情報しか覚えていないし、パソコンもそうだよね。だからさまざまな記憶をインプットされている人間ってすごい。ただ、それがアウトプットするような教育がない。映像の中で、風が吹くとなぜ魅かれるのか、なぜ火に魅かれるのか、あるいはグリーンに魅かれるのか。それは人間という種が持っている記憶みたいなものをインスパイアするからなんだよね。そうすると、今までの映像言語とは全く違った映像の価値がそこで生まれてくるわけだよね。そのことが重要で、見かけの「面白い」「面白くない」ということに足を掬われると、人と変わらない映画しかできないわけだよね。

(2007年3月14日、イメージフォーラム)

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