コリードは、19世紀末に鉱山で働く移民たちによりメキシコにもたらされたノルテーニョと呼ばれるリズムにのせて歌われる物語り歌。もとは新聞やテレビがない時代に、読み書きが出来ない人たちのために、吟遊詩人が歴史や事件などを歌って町から町に歩いたのが起源といわれる。またメキシコ北部の大衆音楽バンダはポルカやワルツを土台にした軍楽色が強いジャンルで、「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」に登場するミュージシャン“ブカナス・デ・クリアカン”は、このノルテーニョとバンダが融合したスタイルを得意とする。

ノルテーニョ・バンドの代表格、
“北のトラ”ことティグレス・デル・ノルテ
ブカナス・デ・クリアカンのエドガーが参加する
Movimiento Alteradoより“エメ・ウノの極悪非道”

麻薬カルテルが圧倒的な経済力と軍事力で猛威を振るうようになってからは、この音楽ジャンルは、麻薬カルテルのボスの活躍や冒険をさかんに盛り込むようになり、「ナルコ・コリード」と呼ばれるようになった。ライブのステージ上では、バンドメンバーがアサルト・ライフルやバズーカ砲を持って登場する。麻薬王たちを英雄視するその歌詞は、メキシコ国内では放送禁止となっているが、一方でいまや彼らのアルバムは、全米のウォルマートでも販売されビルボードにもランクイン、ティーンエイジャーへの人気にも火が付き、本作品に登場するレーベルオーナーは「俺たちは次のヒップホップになるのだ」と息巻いている。
覆面にマシンガン。もはやギャングに見間違うほどの演出。
Los Buchones De CuliacanのMV

つま先を50センチ以上長く尖らせカスタマイズしたブーツで踊る
ダンスがウケた3ballMTY(トリバル・モンテレイ)のMV
他方で、メキシコでは新しい音楽ジャンルも続々と誕生している。90年代後半にティファナから派生したメキシカン・テクノ・ミュージックの中核にいるのが、ノルテック・コレクティヴ。伝統的なノルテーニョとテクノを融合させ、世界中の音楽フェスから引っ張りだこの人気者だ。また2000年代には当時10代の若者で結成されたトリバル・モンテレイが、先住民音楽のリズムにトランスを混合させたトリバル・ワラチェーラというジャンルを生み出した。

現在では実際に麻薬取引とは無縁の人々の間で「ナルコ」文化は浸透しつつある。劇中では『スカーフェイス』を模倣したような映画の撮影風景も描かれる。これはナルコ・コリード同様、麻薬カルテルのボスが出資をして制作される。もちろんギャングのボスたちを英雄視した内容で、さながらVシネマの任侠映画のようでもある。ナルコ・カルチャーは暴力の吹き荒れる狂った世界で、麻薬が生み出す莫大な富の夢を体現し、成功を掴もうとする、“メキシカン・ドリーム”なのかもしれない。