1/1. 村-地中にて
唸る音とともに暗闇からミミズが現れ、地中から光を求めて上に這っていく。毒蛇が近くを通りすぎ、それも地表に向かう。蛇は丘の日だまりに辿り着き、観客は小さなハンガリーの町、ケシェルネーシュが谷間に静かに横たわるのを一望する。

2/1 チェクリックおじいさんの家-内部
町の全貌を見渡すショットに「ヒック。」という音が響き渡る。そして部屋の中。チェクリックおじいさんは随分年をとっている。彼は時が止まったようではあるがロマンティックな、ベランダ付きの家に一人で暮らしている。彼は食料キャリアをいじくって、ガスを点け、スープを温める。そこでまた「ヒック。」という変な音が聞こえる。おじいさんは2、3度食べ物を口にしようとするが、そのせいでうまくできない。その声が出るたび彼の身体は突っ張る。彼はしゃっくりをしている。あまりにも長くしゃっくりしているので、もう何の違和感もない。ベッドから重い毛布と鉄製の牛乳入りの缶を持ち上げ、外に出ていく。「ヒック」。しゃっくりがまた出る。

2/2 チェクリックおじいさんの家
木製のドアが音を立てながら開く。「ギギー」。老人はそこから道に出ていく。「ヒック」。家の前にあるベンチに腰をかける。「ヒック」。ゆがんだ木製のベンチが彼に応える。「キー」。「ヒック」。「キー」。「ヒック」。お互い交互に音を出しつづける。
オス豚が道の端からやって来る。「トコトコ」。背の低い飼い主がそれに続く。「テクテク」。棒を持って豚を追い立てる。ベンチの前で老人を通り過ぎ、帽子を持ち上げる。「シュルル」。
道の反対側から自転車に乗った少年があらわれる。頭上で鞭を鳴らす。彼の前を羊が走っていく。その後ろで郵便配達夫が猛烈に自転車をこぎ、少年を追越す。老人に手を振り、自転車のベルを鳴らして去っていく。彼は近くの家のドアを叩き、ニコニコ笑ったおばあさんが彼から年金を受けとる。そして領収書にサイン。ペンからインクがほとばしる。
牛の一団がチェクリックおじいさんの鼻もとに、もうもうと埃を舞いあげる。彼はしゃっくりし続けている。小さな子供がはちみつをかけて大きなパンを食べようとしている。子供はパンを埃の中に落してしまい、残念そうな顔をするが、やがてそれを拾い、食べはじめる。
カモ、アヒル、雌鶏が近所の庭で騒ぎ立てる。猫が窓枠の上で身繕いしている。「ペロペロ」。

2/3 チェクリックおじいさんの家
荷馬車が遠くから近づいてくる。ひづめの音が近づくにつれ大きくなってくる。「トットコ、トットコ」。「ヒック」。「キー」。「トットコ、トットコ」。「ヒック」。「キー」。やがて御手のイビキも聞こえてくる。「グーグー」。やがてその音も他の音にかき消され、全体の一部となっていく。荷馬車がチェクリックおじいさんの前を通り過ぎる。御手は頭の鈍い少年で、眠っている。馬たちは、まるで老人のしゃっくりのリズムにあわせるかのように、ゆっくりとタイヤ付きのワゴンを引いていく。荷馬車には20リットルの鉄製の缶が載っている。お互いがぶつかり合う音が、広がる雑音のシンフォニーにまた一つ色を加える(「カンカン」)。

3/1 泉にて
村境の泉で馬たちが止まる。少年はモーター付きのポンプを下ろし、一方を池に投げ入れて、エンジンをかける。そして荷台から缶を下ろして蛇のようなホースを差し込む(「カンカン」、「ゴボゴボ」)。その中に透明な水が流れ込む。彼はその間タバコを吸い、咳をする。小枝をもてあそび、鼻をほじり、水が缶いっぱいになるまで時間を潰す。鳥が木の上で鳴いている。ネズミが穴に潜り込み、それらの音が全体のハーモニーに加わる。

3/2 泉にて-牧草地
羊たちが、すぐそばの牧草地で草を食べている。メーと鳴きながら草を食む。まとまりのない群れを、犬が激しく吠えて誘導する。木の陰では羊飼いの少女が休んでいる。彼女が頭をあげると、彼女が音楽を聴いていることが分かる。彼女の学生カバンの中には、ぴかぴかに輝くディスクマンが入っている。テントウムシが彼女の身体の上を這うのを彼女はそのままにしている。虫は彼女の際どい部分に向かっていくが、彼女はそれを楽しんでいるように見える。そして少年も草むらの合間からそれを覗いて楽しんでいる。馬たちはおとなしく草を食みながら待っており、荷馬車は馬たちが引っ張るたびキイキイと音をたてる。そろそろ20リットルの缶がいっぱいになる頃なのだが、少年はそれを気にかけない。やがて水が口からあふれ出る。とても静かで美しい風景。テントウムシはやがて彼女のからだから飛び立ち、少年の鼻の前を舞う。少年は頭の悪そうな笑みを浮かべる。

4/1 野原-円形
馬たちは懸命に草を食べ、もっと草を探して荷馬車を引っ張っていく。そして泉の裏の野原に出て、見えなくなる。

4/2 野原
意志の強そうな顔をした老女が野原でかがんでいる。映画のワンシーンのようにロマンティックな場面。突然成長した花の花弁に蜂がとまり、種から出た芽が数秒で立派な茎の植物になる。それとともに大きな摩擦音。カラフルな花がポンポンと開く。木はさらさらと音をたて、草や花々は風にそよぎ、小さな雲がゆっくりと空に泳いでいる。その真ん中で老女は黒い服を着て、花を摘んでいる。草の間で兎が、彼女の慣れた手つきを見守っている。眠そうなチャボが目をしばたかせながら、ナッツの木の上で彼女を見ている。虫やカタツムリはそこから逃れようとする。老女はいろいろな色の花のなかから、暗い紫色の目立つ植物を見つけだす。彼女は小さな声で鼻歌を口づさんでいる。突然コウノトリがはばたき、次のシーンへ。

4/3 野原-飛翔中
村の空中からの視点。カメラを先導するのはコウノトリだ。パブに辿り着くまで空を飛ぶ。

5/1 パブ-内部
ドア、カーテン、ブランデー、ボウリングのピン。ブランデーグラスの廻りに蝿が飛んでいる。飲み物がグラスに注がれる。バーテンダーが二分の一パイントきっちり測る。蝿が彼の腕で一休みし、また飛び立つ。厚板でできたボウリング・コースがある庭付きの田舎風パブ。ここでは音が主役だ。ドアのきしむ音、グラスを置く音、コインのチャリンという音、マッチを擦る音、テレビの音(古い番組が放映中)、両替機の音、ダーツの音、鎖のカーテンの音、犬の鳴き声、ボウリングの音、など。

5/2 パブ-外部
10人から15人くらいの人が、酸っぱいワインかブランデーを味わっている。彼らはボウリングする人たちに声援を送る。叫んでいる。ボウラーたちはピンを倒し続ける。ボールがピンに当ったとき、光がボールに遮られて真っ暗になる。

6/1 養蜂家の農園
暗闇の中、こするような、活発な音が聞こえる。時折サクッという音、そして水のはねる音。蜂たちの中、巣の奥深くへ向かって、60000匹の雄蜂と一緒に女王バチの方へ行く。ブーンという音がどんどん大きくなり、蜂たちも増えていく。女王バチが子を産み、その廻りで働きバチがブンブンいっている。巣の中を明かりが照らす。女王の身体を大きな武器が貫き通している。蜂の目から見ればそれは大きな槍のように見えるが、人間の目から見れば針である。頭にネットをかぶった奇妙な防護服で養蜂家が、女王バチの再生がうまくいっているかどうかを確認する。
炎。茶色い藁の先が明るくなり、煙を出し始める。これは蜂たちを鎮めるのに養蜂家がしているのだ。煙は枠の中に入っていき、それが明かるみの中ではっきりと小屋をいぶすのが分かる。活きのいい個体は黄色い身体をきらめかせ、侵入者をスーツの上から攻撃する。喩えそれが自らの死を招くとしても。養蜂家はその攻撃には前から慣れている。この仕事にはつき物だ。枠を素早く持ち上げ、機械のシリンダーに置く。機械を動かすとキイキイいいながらシャフトが回りだす。やがて金色の蜂蜜がシリンダー横の細いチューブを通って出てくる。
・・・(6/2を参照)
養蜂家は頭からネットと帽子を外す。汗だくの髪をつかみ、汗を滴らせる。汗が地面に落ちる。入ってきたボシュケにキスをし、ドアから道に向かって顔を出して、誰も彼女が来るところを見ていないか確認する。隠しカメラの映像。ボシュケは入るのを嫌がる。養蜂家は気まずくなるのを避けるため、昼食が来たかのように振る舞い、コップ一杯の蜂蜜をかわりに持ってくる。
蜜蜂たちは太陽のもと熱心に蜜を集める。養蜂家は作業を終え、昼ごはんを食べるために腰掛ける。スプーンで食べている養蜂家。彼の襟元を、群れからはぐれた蜂がおりていく。

6/2 養蜂家の農場-自転車道(6/1の途中から)
自転車が森の中の道を素早く走り抜ける。乗っているのは50歳代の女性。袋が、ハンドルのところに下がっている。道を曲がり、養蜂家の農場へ入っていく。

7 服飾工場
縫い針が布地を蜂の針のように刺す。素早く、幾度も。糸が布きれを縫合する。小さな切れ端が縫いあわされる。素早く動く針の元で手慣れた女性の手つきが布地を捌いていく。
ミシンの箱が開くと、そこには針、糸、オイルがはいった小瓶(瓶はある女性がとりだす)、ボビン、布地などがある。
作業が一段落すると、作業中の布地を自分の後に座っているものに手渡す。そこでまた別の布地が縫いあわされ、後の人に渡される。布地が長い部屋の二つの列を回りきってできあがると袋に詰められ(そのコートは、泉のところにいた頭の悪そうな少年が着ていたものとそっくりだ)、赤い車に乗せられる。
気難しい顔をした女性たちは働いて、窓際にいる上司に話しかけ、道に身を乗り出して、小瓶を遣り取りしている。

8/1 チェクリックおじいさんの家-車
赤い車が、溝の際にいた雌鶏たちを驚かしながら、遠くへ走り抜けていく。郵便配達夫が自転車を降り、ほほ笑みながら領収書を持った老婆に現金を渡している、そのわきを通っていく。

8/2 チェクリックおじいさんの家
赤い車はチェクリックおじいさんの家の前をとばす。老人はまだしゃっくりをしている。リズムは保っている。前を見つめ、あまり揺れずにしゃっくりをする。蜂の羽音、パブのグラスのカチンという音、歓声、ミシンの音、それらにあわせてしゃっくりし続けている。あるいは彼のしゃっくりこそがこの不思議なハーモニーを生み出したのかもしれない。チェクリックおじいさんは、語り手のようにしてベンチに座っている。
赤い車が彼の前を通り過ぎようとしたその時、道の反対側からトウモロコシ収穫機が近づいてくる。道一杯にゆっくりと静かに広がり、エンジンベルトの音、揺れる剪定機の金属的な振動、てっぺんの排気口が出すポンポン音、それ全てが彼のしゃっくりに応えているようだ。

9 野原にて
農婦は収穫機を待ちきれなくて農場に誘導しようと道路に立っている。機械が来てしまえば一瞬で終わってしまうことを知っているのだ。
トウモロコシの茎が機械に倒されていく。おびえた子鹿が圧倒的なうるさい収穫機から逃れる場所を探している。トウモロコシ畑は良い隠れ家だったが、今はもうそうではない。トウモロコシの実は、醜悪な機械の内部で砕かれる。吐きだされる実の下にはトラックがいて、収穫機にみすぼらしく付き従っている。荷台が一杯になると、畑から出ていく。

10/1 製粉所-途中
トラックが道を行く途中。農婦がブドウ畑を耕しながらトラックを見ている。彼女の横にはかかしが立っている。まるで彼女の夫のようだ。

10/2 トウモロコシ製粉所-外部
トラックが製粉所に着く。

10/3 製粉所
トラックが実を全て計量室に入れる。浚渫機が運んで山をつくる。その山から実はシャフトに落ち、コンベアー・ベルトでカタカタいう製粉機に運ばれる。巨大な鉄製の機械は自動で動いている。機械は動いているが、周りには誰もいない。制御室の屋根に猫がいるだけだ。自動で実は挽かれ、小麦粉となって出てくる。そしてそこでパッケージ化されるのだ。

11/1 おばあさんの家
おばあさんは昼ごはんを作るため棚から小麦粉のパッケージを手に取る。おじいさんの食事に小麦粉が必要なのだ。おじいさんは喉の手術をしてから流動食しか食べられなくなっている。家族のほかの人たちは豪華な料理を食べることができる。材料は庭の雌鶏だ。雌鶏はおばあさんの手から逃げまわるが結局殺され、飼葉桶で熱湯をかけられ、羽根を抜かれる。そこに庭でとれたタマネギと野菜を加え、スパイスを用意し、他の雌鶏から卵を二つとってくる。そうして鶏スープとシチューの料理がはじまる。リズミカルに。タマネギをパセリとセロリと一緒にスライスし、水一杯の鍋を沸かし、鶏を解体し、油を火にかけ、団子を丸め、スープに調味料を入れる。

11/2 おばあさんの家
町から田舎のおばあさんに会いにお客がやってくる。庭にアウディが停まり、ドアが開く。「カチャ」。若い男がおりてくる。そして反対側のドアが開く。「カチャ」。妻が降りてきて、最後に後部座席のドアから子供たちが降りてくる。「カチャ」。「カチャ」。前のドアが閉まる。「バタン」。トランクが開く。「バン」。「ギー」。「バタン」。「バタン」。おばあさんは外を見て、ドアのちょうつがいがきしむ。「キー」。「バタン」。全員が家に入ってくる。「トコトコ」「バタン」。

11/3 おばあさんの家
みんな楽しそうだ。おばあさんはまじめにテーブルをセットする。家族集合だ。ほほ笑みを浮かべたおばあさんは、おじいさん用に特別のシェイクをつくる。ミキサー機に鳥肉と果肉を入れて、今日はご馳走の日だから、ピクルスと、小瓶から白い液を加える。そうして混ぜ合わす。みんなで食事開始だ。スプーンのガチャガチャいう音、グラスのチン、という音、ナイフテープルをこする音。。。父親がしゃっくりを一度する。
6才の孫はミキサー機のことがお気に入りなのだけれども、彼はシェイクを食べることを許されていない。なので彼はミキサー機の瓶を誰も見ていないときに持ちだして隠してしまう。庭の秘密の場所へ行ってそこでおじいさんの食べていたものを舐めてみる。やってきた猫にもあげる。指の半分を孫が、もう半分を猫が舐める。

11/4 おばあさんの家
猫の後をカメラは追っていく。猫の足はいうことを聞いていない。ちぐはぐに動く。何かの力に支配されているようだ。2、3度転ぶが、よろよろと立ち上がる。遂には立てなくなり、目はこちら側一点を見つめるだけだ。目は生きているようだがもう動かない。

11/5 おばあさんの家-砂利道
道に死んだ猫。皮膚がざわざわと動き、変な形でへこむが、身体はツヤなくそのままだ。そして腹が開き、たくさんの白いウジ虫が出てくる。ウジ虫は肉を食らいつくし、白い骨だけが残る。やがて骨までもが日に焼けて崩れ去る。数秒で猫だったものは単に埃になってしまい、そよ風でも吹き飛んでしまうほどになった。

11/6 おばあさんの家-砂利道
奇麗になった道を車輪が踏みしめていく。警官のパトカーだ。停車し、村の警官が降りてくる。首にぶら下げた望遠鏡で空を見上げ、車に座り直し、去っていく。